【妹の離婚】残された部屋を片付けながら思ったこと

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先週末、妹の部屋へ引越しの見積もりと片付け、パッキングをしに行ってきました。

土曜日:朝5時〜たまの散歩、シャワーを浴びて出発 → 午後に見積もり、物量の把握と梱包材など必要そうなものをメモ → ねっこのお家で前夜祭(おしゃべりして、飲んでただけ)

日曜日:朝8時〜ねっこの相棒、クーちゃんを犬の保育園に預け出発 → ホームセンターで梱包材を購入 → 夕方まで片付けとパッキング → クーちゃんを迎えに行って、祝杯をあげる → 21時過ぎに帰宅

我が家から妹の部屋まで2時間少しかかること、たまの散歩の時間を確保することがネックでしたが、ねっことクーちゃんの協力もあり、日曜日の夕方にはすべてのパッキングが終わりました。

クマには私がいない間、たまちゃんのお世話をすべてやってもらいました。

トリ

みんなのおかげだよ

今日は、残された部屋を片付けながら感じたことについて書いてみようと思います。

目次

心が止まると、部屋もそのままになる

3年前に別居してこの部屋へ引っ越してきた時から、妹の心が弱っていたことは分かっていました。

それでも、部屋に入った瞬間「これは、なかなかだな」と思いました。

お部屋自体は、とっても素敵なのですよ。

分譲賃貸、築浅広めの1K、最上階角部屋(南向き)、窓からは遠くまで街並みが見渡せ、収納広め、床も壁も白という、理想的な感じです。

でも、とにかくモノが多い!

・クローゼットはお洋服がぎっちり
・バッグはクローゼットの床に山積み、靴はシューズクローゼットに入らないものが箱で積まれている
・キッチンのシンク下は、調味料やゴミ袋などでぐちゃぐちゃ
・食器は2人暮らしでも多いくらいの量が、びっちり食器棚に入っている
・同じようなものが、あちこちに何点もある

印象的だったのが、ひとり暮らしというより、ふたり暮らしだった時の気配がまだ残っていて、寂しい感じや空虚な感じが漂っていたことです。

トリ

しんみりしちゃったよ…

ねっこ

そうだねぇ。素敵なお部屋だったのにね

モノで、寂しさや苦しさを埋めていたのかもしれない

それにしても、モラ夫と一緒に暮らしていた部屋もモノで溢れていて、同じ雰囲気が漂っていたことを思い出しました。

トリ

あの時の引越しも大変だった

ずっとこの空気感に晒されていたら、私でも気がおかしくなっちゃいそう

と思いました。

食品や掃除用品のストックや使いかけの調味料など、後から買い直せるものはどんどん捨てながら、ねっこと「同じようなものがいっぱいあるね」「捨てるという決断もできないくらい、弱っていたんだろうね」と話しました。

部屋の乱れは、心の乱れではなく「余裕のなさ」だった

お昼はラーメン、餃子、ビール!

クタクタで帰宅したら、眠そうなたまちゃんが寝室からノロノロ出てきて、鼻ツンでお迎えしてくれました。

トリ

文字通り、疲れが吹き飛んだよ

一日ぶりの我が家はとても綺麗でした。

思わずクマに「掃除した?」と聞いたところ、「たまのお世話でそんな余裕はなかったよ」と言われました。

妹も別居した時に、「これから最高に人生を楽しくするぞ。エイエイオー」くらいに思って、あの素敵な部屋を自分の好きなものだけにしてスッキリ暮らしていたら、精神的にダウンすることもなかったかもなと思いました。

そんな風に思えないのが、離婚というものかもしれませんが…

掃除すること、いらないものは捨てること、笑って暮らすこと、時々はガチ頑張りすること

この全てができなくなっているというのは、相当心に余裕がないのだろうと思いました。

妹よ!

時間がかかってもいいので、いつかは勇気を出して自分自身の人生を歩み始めるんだぞ

と思ったのでした。

よい週末を♪

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